震災支援ネットワーク埼玉

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2016年度 避難者状況調査(第5回)報告書

私たち震災支援ネットワーク埼玉は、2011年3月、さいたまスーパーアリーナが一時避難所となり、東日本大震災および東京電力福島第一発電所の原発事故による避難者を受け入れた際に駆け付けたボランティアの中で、弁護士、司法書士、医師、看護師、臨床心理士、社会福祉士、ITスペシャリストなど、各方面の専門家により相談を担当したグループで、以来、被災者支援活動を継続して行っています。

2012年春に福島県から埼玉県へ避難中の世帯を対象として実施した「避難者状況調査」以来、毎年形を変えながら実施し、第5回目となった2016年度避難者状況調査は、以下の自治体にご協力をいただいて実施させていただきました。

  • 双葉町(関東1都6県):875世帯
  • 大熊町(関東1都6県):1,000世帯
  • 富岡町(関東1都6県):1,500世帯
  • いわき市(関東1都6県): 700世帯
  • 南相馬市(全国):6,200世帯

合計:10,275世帯

皆様には多数の設問でご負担をおかけいたしましたことをお詫びさせていただきますと共に、ご協力をいただきました方には心より御礼申し上げます。

集計結果につきましてまとめさせていただいたものをPDFファイルとして公開させていただきます。*クリックすると別ウィンドウ/タブで開きます。

2016年度 広域避難状況報告(A5版48ページ、PDFファイル:1,791KB)

3/17 原発避難集団訴訟 前橋地裁で全国初の判決

東京電力福島第1原発事故の避難者の皆さんが、東京電力や国に対して損害賠償などを求めている集団訴訟は全国で30件近くあります。

事故発生から6年が経過した2017年3月17日(金)には、群馬県前橋地裁において全国初の判決が言い渡されます。
原告は避難区域から群馬県などに避難した76名と、区域外から自主避難した61名の合計137名です。

<詳しくは河北新報のこちらの記事をご参照ください。2017/3/16>

第5回 避難者状況調査報告(2):強いられる「自己責任」~自ら望まない決断~

「福島県内に帰還」するか「福島県外に移住」するか、首都圏避難者にとって、大きな選択が迫られています。発災以来、生活費、仕事、住まい、損害賠償、家族、コミュニティなど、さまざまな要因によって大きな精神的苦痛を背負ってきた避難者に、さらなる「決断」が突きつけられています。

それは自ら望むことがない、「自己責任」という名のもとでの「決断」です。

6年にわたる避難生活の中で、国も誰もはっきりとした見通しを示すことができない状況の中で、全ての判断と選択の責任が個人に任されることになります。これまでも首都圏避難者は原発事故という未曾有の事故によって、さまざまな選択と決断を余儀なくしなければなりませんでした。それぞれの事情を抱えながらのギリギリでの選択です。

そのたびに、「本当にこれで良かったのか?」という疑問とともに、後になって悔やむことも数多くあったことでしょう。

そして福島県外へ、首都圏へ避難するという大きな決断をしました。しかしそれは、自分でしたくて行った決断ではありません。どちらを選んだとしても、自分の選択を悔やんでしまうことになる、原発事故によって強制された「自己責任」です。

不安で誰からも守られない状況となると、人は自分では決まられなくなるものです。

帰還できないなら早く次の生活ができるよう事を決めていただきたい。

         (帰還困難区域から東京に避難中の男性)

早く避難者、被災者を卒業したい。

   (南相馬市から東京へ避難中の女性)

「福島県内に帰還」するか「福島県外に移住」するか、ふるさとを失った方にとって、重要な決断が迫られています。

設問の中で、「帰還するために特に重視する条件は何ですか?」とお尋ねした所、次の3点が上位を占めています。

  • 1位:放射線量の低下
  • 2位:ライフラインの整備
  • 3位:医療/福祉サービスの再開

放射線量だけを考えた場合、戻っても良いと考えられる放射線量の水準は「震災発生前の線量(追加被ばく0mSv)」が最も多い回答でした。さらに、「地元の避難指示が解除された後の、世帯の方針について」お尋ねした質問では、「帰還する」という回答は全体の6%にしかすぎず、「移住する」という回答は23%。「当面は避難を続ける」という回答が35%と一番多いものとなりました。

また「決めていない」という回答が24%。この選択肢はもしかすると実際には「決めることができない」という意味でお答えいただいた方が多いような気がしています。交流会や相談対応で避難者の方からお話をお聞きする経験からなのですが、次回は選択肢の表記を修正すべきと感じているところです。

首都圏避難者が抱く「情けない」という感情

「情けない」・・・交流会でお話をお聴きするときに、相談を受けるときに、被災者の方からよくお聞きする言葉です。やり場のない怒り、悲しみ、虚無感、あきらめの感情が込められた言葉としていつも受け止めています。

さいたま市で暮らす私(筆者)にとって、日々の慌ただしい暮らしの中で、東日本大震災の記憶が少しずつ薄れていくように思えます。今まで経験した事のない激しい揺れに大きな恐怖を感じました。

帰宅困難・・・計画的停電・・・。

そして繰り返す余震が発生するたびに、あの時の恐怖が何度も蘇り、数日間、常に地震で揺れているような感覚。

あの時の恐怖、あの時に感じたこと、あの時に思った事・・・
首都圏都市部で生活する私にとって、あの時のことが今では遠い過去のように記憶が薄れて行っています。

しかし、避難生活中の皆さんが異口同音におっしゃるのは「あの日から時計がとまったまま」ということです。それほどまでの体験をなさっているのです。

2016年度の首都圏避難者状況調査では、「あなた自身の事故発生当初1週間の原発事故体験について」お尋ねさせていただきました。

複数に〇をつけていただいたのですが、上位5つは以下の通りです。

  1. 何が起きているかわからなかった
  2. 報道で知って急に怖くなった
  3. 身の危険を感じた
  4. 必死に逃げた
  5. 放射線がとても怖かった

福島で被災し、原発事故により余儀なく避難を強いられた方にとって、その恐怖、衝撃は、想像に絶するものがあります。実際に体験した方でなければ、解らないことです。

あえて今一度、具体的に、これまで交流会、相談会でお逢いしてきた皆さんのお話の中で、福島県浪江町から避難していらっしゃった方のお話を想い出しながら、想像してみたいと思います。

巨大地震の発生で途方に暮れていたころ、

突然回りが避難を始め出し、警察や消防団も避難を呼びかけ始めて、県からも国からもどこへ逃げるべきか指示はなし。

町の判断で原発から30km離れた津島地区に避難所が開設。

約8,000名の町民が数日間避難。

配給された食事は、半分の大きさの冷たいおにぎりと具のない味噌汁。教室の中でダンボールを敷いて、寒さと不安で眠れない夜。

数日で自宅へ帰れると思っていた3月16日、

この地区の放射線量は毎時60マイクロシーベルトである事が判明。

被ばくの恐怖を抱きながら遠くへ遠くへ・・・

避難所を転々とするなかで、東京電力福島第一原子力発電所の状況が深刻であることを刻々と伝えるテレビのニュース・・・

放射線量が低く、生命の危機から逃れられた首都圏での避難所生活。自宅へそして故郷へ長きにわたって帰れないかもしれないという、不安。

国が、避難先の自治体が、用意してくれた住居は古いアパートの4階。二間しか無いアパートでは長男家族とは一緒に住むことはできず、

浪江では一緒に住んでいた長男は仕事で福島に戻ることに。

エレベーターの無いアパートでの高齢者の二人暮らし。

家業も失い、いまさら避難先でできる仕事もなし。

故郷では庭いじりをしたり、野菜を作ったりしていたのに、外出するのは買い物の時だけ。

長男と一緒にお盆の暑い盛りに防護服に身を包み一時帰宅。

庭一面に延びたセイタカアワダチソウをかき分けながら家の中へ。

地震で散乱した家の中に無数のネズミの糞。天井一面のカビ・・・

渡されたビニール袋に限られた想い出の品を詰める、限られた時間。

たくさんの想い出を置き去りにしての帰路。

家、土地、仕事、故郷、友達、生きがい・・・何もかも失った自分に届いた損害賠償請求書。

分厚い書類は難しい文章ばかり。要求される領収書。

自動車事故の時に支払われる最低金額の自賠責保険と同じ水準で定められた月額10万円という慰謝料。

やっとの思いで書いた請求書も、あれはダメ、これはダメと言われてしまい。

同じ町でありながら、3つの区域に線引きされて、生じた賠償格差。

避難指示が解除されて、戻ったとしても暮らしを立て直せるのかという不安。

都会に残ったからといって暮らしていけるかという不安。

これから先のことを選択しなければならない不安。

原発事故発生以来、避難を強いられた皆さんは、何度「情けない」という言葉を口に出した事でしょう。あるいは心の中で唱えた事でしょう。

「情けない」それは自分自身に向けられてしまっている言葉です。

その言葉を発するたびに、心の中に浮かぶたびに、自己の尊厳、自尊心が傷つけられるように思えてしまうのです。

この「情けない」という感情は、過去のものだけでなく、今でも継続しており、この先の見通しもつかないことに対しても抱かれるものです。

2011年、福島からたくさんの方が避難していらした年、私たちSSNが行った相談会、電話相談を振り返ってみると、浪江町から避難していらっしゃった方々の多くが、怒りの感情を露わにしていらっしゃった事が思い出されます。

東京電力への怒り、国への怒り、行き場のない怒り。。。

国がSPEEDIのデータを公表しなかった事、重大情報が伝わらなかった事で高線量の地域に避難させられることになったこと。

毎時60マイクロシーベルトの危険な場所に居ながら何も知らずにいたこと。

小さな子供を危険に晒していた事について悔み続け、誰を恨んでいいのかも判らない状況。

そのような経験をした方々の怒りが根深いのは当たり前のことです。

それほどまでの経験を強いられたのです。

あの日・・・何を見て何を考えたのか、

あれから・・・どこをどう歩いてここまでたどりついたのか。

忘れちゃいけないと思い、思い出し記憶しておくくせがつきました。

だからか今でも思い出しては泣いています。

こんなに悔しくて悲しい思いを死ぬまで持ち続けるんですね。

あの日に戻りたい。1日でもいいから。

 (浪江町から埼玉県に避難中の女性)

そして、浪江町は帰還困難区域を除く町の避難指示を3月31日に解除する政府案を容認することとなり、解除対象は、避難指示解除準備区域7469人、居住制限区域7858人の計1万5327人(2016年1月末現在)で、これまでの避難区域で最多となります。継続して戻ることはできない帰還困難区域の住民は3137人となっています。

さて、避難者状況調査にご協力をいただき、ご返送いただいた回答用紙をひとつひとつ拝見していると、多くの被災者の皆さんにとって、あの日のことが心に大きな傷として突き刺さったままになっているようです

あの日がまた近づく。

「忘れていたけど、あったんだ」というようにマスコミが動き出す。

2月、3月は、だから心がざわめく。

普段忘れていたことがよみがえる。

間違いなくあったことだから、そして2度とあってはいけないことだから、忘れてはいけない。自分の中で風化させてはいけないと思ってはいるものの、やっぱり辛いことは消えない。

福島、原発、放射能、津波、そんな言葉を見たり聞いたりするたびに、涙ぐんでしまう。

波にさらわれたあの子はどんなに苦しかったことか。

当時6年生だったあの子の同級生に本当の笑顔は戻るのだろうか。

追いうちをかけた原発事故。嘘がまかり通った政府の発表。国が国民をだましてどうするの!?誠実さの欠けた対応が、更に私たちを傷つけていることに気づいていないのだろう。

今回いただいた調査書は、一番詳しく、答えに困ったところもあります。本音を言えばこのような調査も避けて通りたい。でも逃げ回っていたあの頃は、記録も記憶もあまりないので、明らかになった部分で自分を立て直すには必要なことかもしれない。

バラバラになったジグゾーパズルの見失った片を、まだ全部探せていない。

そんな思いから抜け出せない。

(南相馬市から千葉県に避難中の女性)

東電、国、福島県への「不満」「不信」を源泉とする怒りの感情は、長引く避難生活の中で、時間とともに「あきらめ」、「やるせなさ」という感情へ向かっているように感じられます。

原発避難者がたくさんいても皆自分の生活で精一杯なので、東京にいると特に風化を感じる。

節電節電って騒いだのは一年目だけ。

その後は、冬のイベント、イルミネーションが復活。

新しいビルがたくさん。高層マンションがたち、沢山の電気を使ってる。

沢山の便利な中にいると、前の自分を見失いそうです。

特にオリンピックが決まってから震災という言葉が急速に失われていく気がしました。

私たちにしてみたら、オリンピックのこと、ましてや一年後が見えないのです。

でも悩みを子供たちには見せられないので、一人頑張るしか・・・

よく賠償金をもらってるからいいよねって、言われる事あるけど、失ったものの方が大きいということを分かってほしい。

きっと理解してもらえないんだろうなとも思うけど・・・

(浪江町から東京都に避難中の女性)

「情け」、「想像力」の欠如による差別、いじめの問題

“情けない”。文字通り人としての「情け」に欠ける場面に出くわすことは、ただでさえ精神的苦痛を背負っている避難者にとっては、とてもとても辛いことです。

原発事故で避難を余儀なくされた方への心無いことばが投げかけられること、一部には実際に嫌がらせを受けている状況について避難者状況調査の自由記述欄で声を上げてくださっている方がいらっしゃいます。今までにも、私たち震災支援ネットワーク埼玉でも幾度となく相談を受けています。

これらの背景には、第一に、放射線に関する誤った認識があるようです。

原発事故の発生直後、全国各地で福島からの避難者を受け入れたり、募金や物資を提供するなどの支援が行われた一方で、放射能への誤った認識や過剰なまでの不安から「福島」を避ける現象がいくつもありました。

京都では、陸前高田市の松の薪が放射能の懸念があるということで五山送り火での使用が取りやめとなりました。

福岡では、福島を支援するための産地直送の販売店が、「福島からのトラックは放射能をばらまく」などと誹謗中傷され、福島の物産の販売が中止となりました。

愛知の花火大会では、「放射能で汚染された花火を上げるな」との苦情で福島県内の会社がつくった花火の打ち上げが中止となりました。

大阪では反原発運動の活動家たちにより、福島の子どもの葬式を模して、小さな棺桶を担ぎながら町中を行進する”葬式デモ”が行われています。

さらには、このようなことがマスコミで報じられることでの誤解はさらに誤った方向へ向かってしまうこともあるようで、ごく一部には、福島から避難してきたというだけで、放射線に汚染されているとまで思われてしまったり、放射線が人から人へうつるという科学的根拠に欠けるデマを真に受けている人もいるようです。

一方で、被災者が受け取っている賠償金に対する誤解/偏見、さらには妬みの感情もあるようです。避難住居を無償で提供され、仕事をしなくても暮らしていける、というように映るのでしょうか。そのように思う人には、原発事故で避難せざるをえなかった人々が抱える苦難/苦痛を想像することができないようです。そうです、偏見、差別、いじめの背景には「想像力の欠如」ということも大きな要因となるように思えます。

着の身着のままふるさとを追われて、帰れる目途も立たずに慣れない場所での避難生活を余儀なくされ、仕事も自宅も自然も地域も人間関係も、日常の暮らしを根こそぎ奪われ、生活エリアは放射線に汚染され、戻って生活することができない状況にあるわけです。失ったものは想像以上に大きいものです。とてもお金などで補えるものではありません。

実際、補償される額はとても納得できる額ではありません。交通事故の場合、損害賠償の事例が無数にあり、基準のようなものがあります。最低ランクの「自賠責保険基準」から、「任意保険基準」、「弁護士基準」、最高ランクの「裁判基準」という補償額の目安となるものです。原発の損害賠償の精神的慰謝料の場合、交通事故の最低限の強制保険である自賠責の額が基準となっており、当事者にとっては、到底納得できる金額ではないというのが実情なのです。

昨今、メディアで大きく取り上げられている子どもたちによる”原発避難いじめ”は、こうした大人の社会での心ない誤解や偏見を、子どもたちが真に受けてしまっていることが大きな原因となっているといわれています。強制的に避難させられた人たちが、どのような苦しみを味わってきたのか、どのように辛い思いでいるのか、大人たちが理解することが重要であると思います。調査用紙への回答、電話/面談/交流会での相談などを通じて、皆さんが今どのような問題を抱えているのか、どのような思いをいだいているのかを取りまとめさせていただいて、事実をより多くの方に理解をしていただくことも、私たち震災支援ネットワーク埼玉の責務の一つであると思っています。

ただし昨今表面化しているいじめの問題は、すでに避難当初から起きていることで、実際、私たちも数多くの相談に対応し、問題は当事者同士で解決してきました。マスコミでの報道に過敏に反応し過ぎることで、すでに学校に地域になじんでいるお子さんに、二次的な被害が及はないように十分に配慮していく必要があるものと私たち震災支援ネットワークは考えています。

第5回 避難者状況調査報告(1):首都圏避難者のストレスレベルが反転上昇

2016年度避難者状況調査の概要

私たち震災支援ネットワーク埼玉は、2011年3月、さいたまスーパーアリーナが一時避難所となり、東日本大震災および東京電力福島第一発電所の原発事故による避難者を受け入れた際に駆け付けたボランティアの中で、弁護士、司法書士、医師、看護師、臨床心理士、社会福祉士、ITスペシャリストなど、各方面の専門家により相談を担当したグループで、以来、被災者支援活動を継続して行っています。

2012年春に福島県から埼玉県へ避難中の世帯を対象として実施した「避難者状況調査」以来、毎年形を変えながら実施し、第5回目となった2016年度避難者状況調査は、以下の自治体にご協力をいただいて実施させていただきました。

  • 双葉町(関東1都6県):875世帯
  • 大熊町(関東1都6県):1,000世帯
  • 富岡町(関東1都6県):1,500世帯
  • いわき市(関東1都6県): 700世帯
  • 南相馬市(全国):6,200世帯
    合計:10,275世帯

皆様には多数の設問でご負担をおかけいたしましたことをお詫びさせていただきますと共に、ご協力をいただきました方には心より御礼申し上げます。

アンケートの構成

本調査の目的は、福島県外で避難生活を送る皆さんの現状の課題、問題点を集計、分析し、分析結果を、行政やNPOなどと共有し、今後の支援活動の指針としていくことにあります。

第一部のこころの状態に関する設問では、ストレス状況について簡易に自己採点できるようにした上で、こころに大きな負担がかかる場合に、その要因は何なのか?という事を第二部の設問により多角的に俯瞰できるような構成としました。

さらに、新たな試みとしてご希望に応じて各分野の専門家により相談対応を行い、また、状況/ご希望に応じて専門の支援員を派遣させていただいております。

電話・訪問により、アンケートではお聴きできなかったことも含めて詳細にお話しいただくことで気持ちの整理をしていただき、さらには抱える悩み、問題を解決できそうな専門機関/専門家をご紹介することで、解決に向けて、ご一緒に一歩を踏み出すことができればと願っています。当然ですが、個人情報は厳重に管理し、秘密は厳守いたしております。

集計結果については、早稲田大学 人間科学学術院およびSSN「避難者状況調査委員会」において分析/解析を継続的に行っておりますが、まずは今回の調査結果から見えてきたことをまとめてさせていただきました。

広域避難者が抱える深い心の傷

私たち震災支援ネットワーク埼玉は、早稲田大学 災害復興医療人類学研究所と共同で、2012年3月に埼玉県への避難者を対象にアンケート調査を実施させていただいて以来、避難生活中の皆さんのストレス状況について毎回集計させていただいています。設問としては、国際的に標準化された質問紙である「改訂出来事インパクト尺度」(略称:IES-R)を用いています。

さて、最近ではマスコミでもしばしば取り上げられるようになったPTSD=心的外傷後ストレス障害ですが、天災、事故、戦争、犯罪、虐待など、命の安全が脅かされるような出来事によって強い精神的衝撃を受けることが原因となり、精神的不安定、不安、不眠などの過覚醒症状やトラウマの原因となった障害の回避傾向、フラッシュバックなどが基本的な症状とされています。このIES-Rのスコアが25点以上となるとPTSDの可能性があるストレスレベルにある疑いがあるとされています。

1995年に発生した阪神淡路大震災が発生した3年8カ月後の調査では約40%の方がPTSDの可能性があるストレスレベルにありました。2004年に発生した新潟県中越地震では3カ月後及び13カ月後の調査では約21%という数値でした。

一方、2012年3月の調査(埼玉)では過去の震災と比較してはるかに高い67.3%という3人に2人がPTSDの可能性があるストレスレベルにありました。

2年後は埼玉県に加え東京都内に避難中の方に調査範囲を広げたのですが、59.6%と依然と高い数値でした。4年後は52.5%、5年が経過した2016年には32.9%とおよそ3人に1人と低下する傾向にありました

2016年春にストレスレベルが低下したのは、原子力賠償紛争審査会の中間指針 第四次追補により、移住に伴い新たな住居を取得するための損害賠償が示され生活再建の柱となる家屋の確保の見通しがついた方が多いことが大きな要因の一つであるように思われます。実際、調査結果では、すでに25%の方が福島県外に移住し、新たな人生の再スタートを切り始めていらっしゃるようです。

ところが、6年が経過しようとしている2017年には51.9%と反転してしまっている状態となっています。

まずは、ストレスを高める要因となったものは何なのかを探ってみたいと思います。

ストレスの原因を探る

「PTSDの可能性」があるほどの強いストレスの要因となるものを調査用紙の中でさまざまな角度からお尋ねさせていただきました。回答をつぶさに分類してみると1、心理的要因、2、社会的要因、3、経済的要因という3つが浮かび上がってきます。

1、心理的要因

  • 原発事故発生当初1週間に「死の恐怖」を感じたこと
  • 「ふるさとを喪失」したつらさ、
  • 地域の人との関わりの中で避難者であることによって「いやな経験」をしたこと

2、社会的要因

  • 悩み・気がかり・困ったことを「相談」できる相手が近くにいない
  • 何でもきさくに打ち解ける仲間、コミュニティが失われてしまった
  • 長期化する避難生活の中で、家族との関係がうまくいかなくなってしまった

3、経済的要因

  • これからどのようにして生計を立てていくかという心配
  • 生活の基盤となる家をどうするか
  • 避難先での仕事の問題

さらには、自由記述欄にお書きいただいている内容を集計してみると、これから先の見通しができないことによる「不安」、国や東京電力などに対する「不信」、さまざまな政策、除染作業などへの「不満」などが複合的に絡み合ってストレスを高めているものと思われます。

6年が経過してストレスレベルがなぜ反転?

2017年3月末をもって自主避難世帯に対する住宅の無償供与が終了となります。東京電力は1度だけ、ごくわずかな賠償金しか支払をしていません。
多くの自主避難者の方々はお子様への放射線によるリスクを回避するために福島を離れています。

そんな自主避難者の方に、「原発の近くでなかったら、みんな平気で住んでいるんだし、福島に戻れるんじゃない?」というようなことを安易に口に出す人がいます。

しかし、小さかったお子さんも6年が経過し学校に通うようになると、簡単には動くことができません。中には避難元の親類から「なぜ逃げたの? いつまで避難しているの?みんなこっちで普通に暮らしているのに」などと言われてしまい、戻るに戻れない方もいらっしゃいます。

お子さんが首都圏での暮らし、学校生活に慣れて、お友達と仲良く勉強もできている場合の方がむしろ多いかもしれません。しかしマスコミで”いじめの問題”が報じられることで、周囲が気を遣うことで何とも耐えがたい空気を感じているお母さまもいます。

父親だけが避難元で仕事を継続する場合には二重生活。避難元の家にローンが残っている場合、ただでさえ家計は苦しい所に、住宅の無償供与が終了してしまうことで自主避難中の皆さんの暮らしはますます困窮していく恐れがあります。

新たな自主避難

2014年4月には田村市都路地区東部、2014年10月そして2016年6月には川内村東部の避難指示が解除されました。続いて2015年9月5日楢葉町の避難指示が解除され、2016年6月には葛尾村、同7月には南相馬市の帰還困難区域を除く区域の避難指示が解除となりました。

避難指示解除の1年後には、東京電力による精神的慰謝料の支払いが停止となり、これらの区域から避難生活を続けている方は“新たな自主避難者”ということになるわけです。ちなみにこれらの解除された地域への住民の帰還率は2017年1月末現在では約13%にとどまっている状況にあります。

(画像提供:福島民友社)

そして2017年の春には1万5千人におよぶ新たな自主避難者が生まれることになります。2017年3月31日には浪江町、飯館村、川俣町山木屋、4月1日には富岡町の居住制限区域、避難指示解除準備区域が避難指示解除となります

解除対象は、避難指示解除準備区域7469人、居住制限区域7858人の計1万5327人(1月末現在)が”新たな自主避難者”となるわけです。避難指示が解除となることで、1年後には東京電力による精神的慰謝料の支払いが終了し、避難住宅の無償供与も終了となる見込みです。

首都圏避難者はますます追い詰められる状況にあります。(続く)

「“原発避難いじめ” 大人も半数近くに」NHKニュースから

2017年3月9日、「“原発避難いじめ” 大人も半数近くに」というニュースがNHKのニュースで報じられています。

震災支援ネットワーク埼玉では早稲田大学 人間科学学術院と共同で2012年以来、原発事故による福島県からの避難者状況調査を、避難元自治体のご協力をいただき実施させていただいておりますが、2017年2月に実施した調査では、NHK 社会部と共同で「原発避難いじめ」に関する特別版となる調査用紙を同封させていただきました。

この調査では、いじめを受けていた子どもたちと同じく、大人たちも「賠償金」などを理由として避難先で嫌がらせや精神的苦痛を受けていて、その数は全体の半数近くに上ることが明らかになっています。

3月8日 のNHK総合「クローズアップ現代+ 震災6年 埋もれていた子どもたちの声 ~“原発避難いじめ”の実態」の番組放映までに届き集計することができた741件のうち、「子どもがいじめられた」と回答いただいたのは54件に上りました。

さらに、本調査ではお子さんだけでなく、大人の方も対象とした設問にご回答いただいているのですが、全体の半数近い334人が、大人も避難先などで嫌がらせや精神的苦痛を感じたことがあるとのご回答をいただいています。この内容については、賠償金に関するものが最も多く274件、避難者であることを理由としたものが197件、さらに、放射能を理由としたものが127件となっています。(複数回答)

NHK 3月9日の朝7時のニュースでは、「避難者であることを理由に団地の行事に参加させてもらえなかった」や「自動車に傷をつけられた」、さらに、「転職先で賠償金をもらっているから資格や給与をあげる必要はないと言われた」など具体的な嫌がらせや偏見の内容を報じています。

昨今大きな話題となっている“原発避難いじめ”の実態として、子供だけの問題ではなく、大人の間に差別や偏見が広がっていることが明らかとなったものと思われます。

当団体の副代表で、早稲田大学人間科学学術院の辻内琢也教授は「賠償金が生活環境やふるさとを奪われた人たちに対する償いであるということが忘れ去られてしまっている。多くの人たちが原発事故の被害が今でも続いていることを知ることが大切だ」とコメントしています。

避難者の高速無料化措置、平成30年3月31日まで1年間延長

2月13日、石井国土交通省は、東京電力福島第一原発事故による避難者および自主避難者のうち「母子・父子避難」世帯を対象とした高速道路料金の無料化措置を平成30年3月31日まで1年間延長する方針を示しています。

併せて、料金所通過時の手続きの迅速化も検討するようです。

詳細は福島民報のこちらの記事をご参照ください。

・正式な発表がNEXCO東日本のホームページに掲載されています。

  • 詳細等については、別紙【PDF:297KB】PDFへリンクをご参照ください。

 

 

医療機関での窓口での一部負担金の免除

福島第一原発の事故による被災者の方には医療機関での一部負担金の免除措置については避難指示区域所得によって下記の表の通り区分されることが2016年3月1日付けで全国健康保険協会より発表されています。

免除措置の継続となる方には、更新した免除証明書を平成28年2月末までに送付されているとのことです。

万一、対象であるにもかかわらず、更新された免除証明書がお手元に届いていない場合、最寄りの協会けんぽ支部、あるいは国民健康保険の場合には避難元の役所に問い合わせするようにいたしましょう。

対象区分 有効期限
特定避難勧奨地点の指定が、平成26年度に解除された区域の上位所得層(※2)に該当する方 平成28年2月29日
をもって免除終了(※3)
避難指示解除準備区域の指定が、平成27年度に解除された区域の上位所得層(※2)に該当する方 平成28年9月30日
(※3)
現に帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域に指定されている区域の方 平成29年2月28日
旧緊急時避難準備区域の方(上位所得層(※2)に該当する方を除く)
特定避難勧奨地点の指定を受けていた方(上位所得層(※2)に該当する方を除く)
避難指示解除準備区域の指定が、平成27年度までに解除された区域の方(上位所得層(※2)に該当する方を除く)

(※1)被保険者とその被扶養者が保険医療機関・保険薬局及び指定訪問看護事業者で受けた療養に係る一部負担金をいいます。

(※2) 上位所得層とは、事業主から受ける毎月の給料などの報酬の月額が、53万円以上の被保険者をいいます。

(※3) 平成28年3月以降、上位所得層から一般所得層(標準報酬月額50万円以下)に所得区分の改定が行われた場合は、改めて免除申請をしていただくことで所得区分の改定された月より免除措置の対象となり、一部負担金が免除されます。

詳しくは、全国健康保険協会のこちらのページをご参照ください

避難指示区域については経済産業省のこちらのページをご参照ください

*本措置は、年度ごとに更新/見直しが行われていくものと思われます。平成29年(2017年)以降の対応については、新たな発表を待つことにいたしましょう。

日弁連:避難指示の解除、慰謝料支払の打切りに反対する会長声明

2015年6月12日、政府は、福島復興加速化指針を改訂し、福島県の居住制限区域と避難指示解除準備区域について、避難指示を遅くとも2017年3月までに解除するとの目標を定めることを公表しています。

これに対して、日本弁護士連合会では会長声明を発信。政府に対して以下の通り求めています。

“当連合会は、政府に対し、避難指示の解除については、各地域の実情を十分踏まえ、地元や対象住民との協議も十分行った上で、個別に慎重に判断すること、一律に2017年3月までに解除すると期限を区切らないことを求める。

また、政府及び東京電力に対し、被害者の被害の実情を十分に踏まえ、避難指示区域からの避難者に対する慰謝料の支払を一律に2018年3月分までで打ち切ることのないよう求める。”

詳細については、日本弁護士連合会ホームページのこちらの記事「避難指示の解除、慰謝料支払の打切りに反対する会長声明」をご覧ください。

日弁連:区域外避難者への応急仮設住宅供与終了の撤回を求める会長声明

福島県は、2015年6月15日、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う避難者が入居する応急仮設住宅と民間借り上げ住宅の無償提供を、避難指示区域以外からの避難者(区域外避難者)については、2017年3月末で終了すると発表。

これを受けて、日本弁護士連合会では、2015年6月26日に会長声明を表明。政府に対して下記の通り求めています。

“当連合会は、政府に対し、改めて被災者の意向や生活実態に応じて避難先住宅の供与を更新する制度の立法措置を講ずるよう求めるとともに、福島県に対し、十分かつ具体的な支援策が実現しないまま一律に区域外避難者への応急仮設住宅の供与を2017年3月末で終了するとしたことを撤回するよう求める。”

詳細はこちらの記事「区域外避難者への応急仮設住宅供与終了の撤回を求める会長声明」をご覧ください。

日弁連:区域外避難者への避難先住宅無償提供の終了に反対する会長声明

2015年5月28日、日本弁護士連合会では、「区域外避難者」に対する避難先住宅の無償提供について、福島県が2016年度で終える方向で市町村と協議しているとの報道(2015年5月17日付け朝日新聞、同21日付け読売新聞、同26日付け毎日新聞)を受けて、会長声明を表明。福島県に対して下記のように求めています。

“当連合会は、福島県に対し、区域外避難者への避難先住宅無償提供を2016年度で打ち切る方針を撤回し、長期の住宅提供期間延長を求めるとともに、政府に対し、上記延長による費用を東京電力に求償する(子ども被災者支援法第19条)ことで国庫負担を継続し、災害救助法に基づく支援を改め、被災者の意向や生活実態に応じて更新する制度の立法措置を講ずるよう、重ねて求める。”

詳細についてはこちらの記事「区域外避難者への避難先住宅無償提供の終了に反対する会長声明」をご覧ください。